8月6日、広島の式典と平和記念資料館

2013年8月11日 09時43分 | カテゴリー: 活動報告

 

平和記念式典で

今年、初めて86日を広島で過ごしました。いつもはテレビで見ていた平和の式典、815分の黙祷、原爆ドーム、テレビの中の風景がそのままそこにありました。

 広島県大崎上島の友人宅を朝5時半に出発し始発のフェリーに乗って会場に向かいましたが、道が渋滞してバスが遅れ、黙祷は講演に向かう途中でして、広島市長の話、安部総理の話を直接聴くことはできませんでした。到着したときは国連議長の挨拶が英語で読み上げられており、松井広島市長の平和宣言は後ほど公園で配られた号外で読みました。

 原爆投下から68年たってなお苦しむ被爆者の体験を織り交ぜた話は胸を打ちました。ある女性が結婚1ヵ月後に被爆者手帳を持っていることがわかると、優しかった義母に「被爆した嫁はいらん」と言われ離婚させられた話がありました。近い未来に福島出身の女性が同じ目に遭わないとは思えません。核兵器を「絶対悪」とし、核不拡散条約を批准しないインドと経済優先で原子力協定を結ぼうとしている日本政府を批判し、平和憲法を守ること、福島の人たちに寄り添うことを語った広島市長の平和宣言は高く評価できるものでした。それに比べて安倍首相の「原子力の最も安全な利用を」と原発再稼動をにじませる発言は許し難いものでした。

 平和記念資料館は小学2年生の息子と一緒に回りました。少しずつ説明しながら進みましたが、被爆者の人形や写真を見て、「恐い、お化け屋敷みたい、もう出たい」と言い出し、多くの資料を読み飛ばして出てきました。それでも、お化けに見えたのは原爆を受けた人で、本当にあったことだと説明しました。それだけは子どもでもちゃんと理解できたと思います。

 平和記念公園の回りでは、平和を願う人達が思い思いのイベントをしていて、何人かの知り合いにも会いました。一緒に行った友人家族とイベントに参加して歌い、幻想的な夜の川に浮かぶ灯篭を見て祈り、この日この場所にいられたことを良かったと思いました。