南相馬視察に思う 原発再稼働はありえない!

2015年8月14日 12時22分 | カテゴリー: 区議の仕事, 子どもを放射線から守る, 脱原発と自然エネルギー

トラックの向こう。仮置場に山積みにされたトン袋。

8月7日、8日にかけて、杉並区議会の女性議員有志で杉並区の交流自治体の南相馬市、そして飯館村に視察に行ってきました。

新幹線の福島駅から浜通りに位置する南相馬市に向かうバスの中から、黒い大きな袋が山積みにされた場所がいくつも目につきました。放射能の除染によって出たゴミが入れられている、1トン入るのでトン袋と呼ばれているものだと教えられた。しかし、いくら平地は除染できても、山や森の除染はできないので、線量は高いままだといいます。

 南相馬市には原発から20キロ圏内の避難指示解除準備区域と、20キロから30キロ圏の帰還困難区域と居住制限区域とそうでない地区が混在する区域、30キロ圏外のもともと制限がもうけられなかった地域が存在します。この地域を分ける線引きによって、補償を受けられる人と受けられない人がいて、市民が分断され精神的な苦痛を強いられていることが容易に想像されます。

小高区にある、津波の被害を受けたそのままの状態の家

原発から20キロ圏内にあたる小高区を訪ねました。津波の被害を受けた家がなんの処理もされず、そのまま残されている光景が広がっていました。この小高区の避難指示は28(2016)年4月には解除になる予定で、避難している人を対象に説明会をひらいたところ、4000人は戻る意向を示し、7500人は解除になっても戻らない意向だということでした。しかし、この避難指示が解除されると、これまでもらえていた補償金はもらえなくなります。家がある地区に戻るか、家もない地域に住み続けるかで生活の困難度合いは大きく異なります。戻りたくない人たちは若く、子どもを含む世帯が多いのが現状です。原発を進めた責任として、国はその人達の土地や家を買い取り、他の地で新たな出発をしやすいよう対策をとるべきだと思います。

 除染、避難指示解除、補償の打ち切りで汚染地区に人を戻らせ原発事故を矮小化させようとしても、現地へ行き各所にある仮置場に置かれた山積みのトン袋を目にすれば、失われたものの大きさを見せつけられます。そして、仮置場からの除染物の移動先はまだ決まっていません。トン袋の耐用年数は3年で、それが過ぎれば放射性物質が流れ出ます。仮置場であるのに、そこに土をかぶせてシートで覆う対策をとって、本当に次の場所に移動する気はあるのかどうか、そしてこれらの処理にかかる膨大な人的物的損害をどう考えるのでしょうか。

 福島の人たちをこのような状況に置いたまま、8月11日には川内原発が再稼働されたことは許せません!何があってもあきらめず、脱原発を目指して活動していきます。